2011年5月27日金曜日

星典さんの思い出『小笠原は天国』

 今日は、またまた『こだわってます。小笠原』

小笠原母島にいた時(30年前)は、以前にも書いたように本当に都会とは違う生活。
本屋もレコード屋も喫茶店も洋服屋も薬局も、島なのに魚屋もない。
テレビもない、電話もない、ラジオもない。
でも、上下水道完備という本当に整備途中の島でした。

当時の母島は、今よりも森が濃く、父島とも違うどっしりとした密度の濃い森が印象的。
自宅→学校→スポーツ→タコノキ(居酒屋)→自宅の平日と違い。
休みには仲間の先生に誘われて山に入ることが多くありました。

印象深いのは、星典(ほし あつし)さん。
鍛えられた体は、島の将来の指導者として小さい頃から長たちから過酷な訓練を受けたから。
卓越した小笠原の植物の知識をもっているのは、戦前島の資源植物栽培基地化への調査で入来島した日本の代表的植物学者に森やそこに生える植物を案内し、ともに過ごしたから。

返還後オガサワラビロウ(シュロッパ)で自宅を造り(5万円で)、母島の復興に打ち込んだそんな星さんと、ときどき山に入っていた。石門周辺(今は保護地域)の固有植物を案内しながら教えてくれたり、みんなで絶滅に瀕したハハジマノボタンを守るため、乳房山山頂付近でタコヅル(これも固有種だけど)を伐採したりした。
山から戻ると、星さんの家の庭で植物の話を聞いていた。当時は、それほど熱心な小笠原っ子ではなかったので、記憶が薄れるのが早かったが、2度目の赴任だったら食いついていただろう話がたくさんあったと思う。

うちにある星典さんの本や、彼が製作した植物を使った花瓶をみると、当時が強く思い出される。今のリゾートは違う、濃密な本来の小笠原の空気感。
その原点ともいえる星典さんと一緒の時間を過ごしたことは、大きな財産として私の心の中心にある。幸せだったな。そう思える出会いだ。

星さんはよくこう言っていた。
「小笠原は神がくださった楽園よ、だからこの人生を最高に生きたいよなあ。」
小笠原への本当の愛を感じる。
星さんの生き方は、今でも「人生を最高に生きればいいんだよ」と心に響いてくる。

写真上:星さんの本。「小笠原は楽園。森と農地のボニノロジー」古い本だけど廃版になっていない。びっくり。
写真下:戦後見つかったいないトヨシマアザミを探していた星さん。これは疑わしい一本。(星さんの庭で)

2011年5月17日火曜日

どうして小笠原

今日、yokoさんと二人で愛犬ハルちゃんと超ショートコースお散歩。
そのとき
「モモちゃんからのジャガイモおいしいねえ」
などとふたりで話していました。
モモちゃんは、小笠原のお友達。
先日おいしいジャガイモとトマトを送ってくれたこと、
メールが来たこと。
いつも会話に出てくるのは、小笠原の知り合いや出来事が多い。

「うちらって知り合いは小笠原が多いんだねえ」
そんな話になる。
海の話、空の話、魚の話、風の話
そこに住む知り合いの話、お店の話、
なんでだろう。島を離れて7年になるのにね。
おがさわら丸の航海は好きじゃないのにね。

どうしてだろう。
その美しさだけでなく、人との繋がりが引きつけているのかもしれません。
美しい人間関係だけじゃなく、人間臭い狭い社会での人間関係も含めて。
濃密な人間くささの充満したその時間が、生きてるという証を心にたくさん刻み込んでいたように思います。
そのくせ、南国のリズムと能天気さも漂わせる島。
やはり特別な存在なのでしょう。
何か。とても。いつも。惹かれるんだよなあ。

写真は南島。貝は、半化石のヒラベソカタマイマイ。

2011年5月8日日曜日

小笠原が世界遺産になるかも。ふむふむ

今日ニュースを見たいたら、「小笠原諸島世界遺産に登録へ」というお話。単純に考えるといいんだろうけど、規制が厳しくなっていくのはなあという話を以前聞いたことがあります。

小笠原に行くと緑多い山々が続くけど、畑から復活した二次林もとても多い。だから、山を歩いているとどーんとガジュマルなんかが出てくる。ガジュマルは、家の庭にも植えられているので、森を歩いて少し開けてガジュマルがあると「ここに人が住んでいたんだなあ」なんて感慨にふけってしまいます。
小笠原の海もきれいだけど、宮之浜やコペペなんかは道路の舗装部分が浜近くまで延びてから、雨で赤い土(ラテライトと言われているが諸説ある)が珊瑚を覆い珊瑚が痛むこともたびたび。美しいコペペの珊瑚は、一時期無惨な状態になってしまっていました。今は回復したのでしょうかね。
なーんてネガティブ情報を書きましたが、やっぱり小笠原の山や海は美しいものです。初めて赴任した31年前とはやはり変化していますが、美しい島には変わりがありません。規制がかかって環境が守り改善されるならいいのかもしれませんね。

先日、家のサロンでスパム握りを出しました。小笠原は終戦後、アメリカの統治期間がありグアムから物資が輸送されていました。BITC(Bonin Island Trading Company:小笠原島商会)がいろんな取引をしていました。塚田が赴任したときには、生協に変わっていましたが店の中に『BITC』と書かれている折りたたみ椅子があったのを覚えています。
ですから、中に入るとBITCの名残か、スパムがどーんと並んでいたのを覚えています。だから小笠原にはスパムにぎりはなじみがあります。昼時、美津(島のミニコンビニ)の昼にはスパム握りが並びます。
八丈島から移り住んだ方も多いので、島ずしも定着している。ダンプレンというスイトン料理に似たものもある。小笠原は、自然だけじゃなく文化も特殊なんですよ。
こんなことを考えていたら、小笠原で学芸員なんてすてきだなあと思います。(資格ないけどね)

では、今日はこれまで。
そうそう、遺産に関して問題になったグリーンアノール(緑のトカゲ)は可愛いけど、今はばんばん駆除しようとしています。小笠原のセミは秋口にうるさく鳴いていたけど、島を離れた7年前はもうセミの鳴き声が以前ほどは聞けなくなってしまっていました。
アノールも人間が持ってきたのに、悪者だものねえ。
先日、スキャンした小笠原のセミの写真をどうぞ!

2011年5月3日火曜日

新たな内容でスタートします

ミニワンカサイト改訂のあおりで休止中のこのブログ。あらたに、ミニワンカサロン代表塚田隆弘(つかさん)のこだわりに関するブログとして再開します。
シーカヤック、小笠原、こけし、コーヒーなどこだわり分野の投稿をします。
本格始動はもう少し。待っていてね!