2011年8月7日日曜日

お久しぶり。今日は、珈琲。

こだわってますも、だんだん間隔があいてきた。
やはりこれは、「魔の塚田パターンか」
学校で「学級通信」を書いていたときを思い出す。

さてさて、今日は珈琲の話題。
おなじみ堀口珈琲(世田谷&狛江)から
エチオピア・イルガチェフェの新豆が入ったとの情報

今手元にあるのは、去年の収穫豆のもの
それでも十分おいしいので、
新しい豆が楽しみ。これは、フルーティーですよ。
お近くの方は、お試しあれ。
堀口の販売する豆は、狛江店で焙煎しています。
豆を買うなら、狛江かなあ。

春からいろいろな地域の新豆が順番に届いてきます
少量の豆を購入して、自宅でとびきりおいしい珈琲を入れるのがおすすめ。

道具にお金がかかるでしょ?
まずは、ドリッパーとペーパーを買ってくれば大丈夫。
それで、そこらのカフェよりおいしい珈琲が飲めますよ。
豆を買うなら、スペシャリティの豆を。
ドリッパーなら、KONO式がおすすめ。

一杯のとびきりおいしい珈琲を自分で入れる
おもしろいですよ。
ドリップはその時の自分が出ます。
長くなるのでこの話題は次回へ。

閑話休題:写真は、サロンで珈琲サービスをするため。
いろいろ工夫して配置した様子。
豆を挽く機械(ミル)は「みるっこ」。
「買います」と言ったら、狛江店の店長が
「みるっこ、いっちゃいますか!」
本格的ですからねえ。楽しんで、少し贅沢をする。
楽しく元気になりますよ。

2011年7月27日水曜日

小笠原協会からお便りが

本当にお久しぶりです
Face bookのほうに「小笠原自然遺産登録記念シリーズ」を投稿していたら、こっちを書くのを忘れてました。
このまったり感が、裏ブログの良いとこかもしれません。

さて、小笠原の話題。
小笠原協会から「小笠原」(ミニ新聞)が送られてきました
こけし会の「こけし手帳」と同じくらい手に取ることのない機関誌でしょうね。

昔から変わらぬ笑顔の一男さん(村長さん)の笑顔写真。
中央に、南島の写真。
改めて、不思議な景観。何より島の西側の海底に丸い砂地部分があるように見えます。
そこが複雑です。
だから、西向きの大きなうねりのとき
すごい三角波がたって
「こりゃだめかも」と思いながら
カヤックを漕いだのが思い出されます
南島の中央の白い所が扇池の砂浜
右の入り江がサメ池
写真の右上。
父島のハートロックがギリ写っています。
なかなか楽しめるお知らせでした。

みなさんも小笠原協会に入りませんか
船賃が割り引かれる制度があるそうですよ。

閑話休題:小笠原では先生をしながら、資格をいくつか取りました。
まず、船舶免許。なかなか大きな船まで操船できる。
そして、大型。トラックをバリバリ運転できる。
まあ両方共ペーパー状態。
30過ぎにとった中型バイクもペーパー状態
小笠原にいた時、調理師も欲しいなあなんて考えていた
「一体何になりたいんでしょうか?」
でも二つの資格はいつか役立つ、とってもそんな気がします。
あれ、船舶免許8月12日で切れる。行かなきゃ。

2011年7月2日土曜日

小笠原って、不思議な島

先日、小笠原が世界自然遺産に登録のニュースがあった。
経済的には潤うのかなあ。
自然保護の強化が必要なので、また島の中はわさわさしているだろう。

小笠原は不思議な島。
黒潮文化の島々でないからかもしれない。南方のサイパンやパラオなどからの文化も入ってきているし、日本の移住者の文化も入っている。

今日、ふと放送大学(地デジアンテナつけたら映るようになった)にヤンキータウン(小笠原父島奥村にある欧米系の方が経営するお店)がでてた。インタビューしていた人をどこかで見たなあと思っていたら、首都大学東京のダニエル・ロングさん。
島にいた時学校にもいらして、言語のアンケートの依頼に来たことがある。小笠原の言語に関しての第一人者でしょうね。小笠原の英語は、純粋な英語とも違い、ハワイの英語とも違う。おもしろいんだそうです。
冬を越すアオウミガメのことを「ウェントル(ウィンタータートル)」などという。

小笠原は、小さい島。沖縄本島の50分の1しかない。
そんな中に、いろいろな文化が混じり合っている。
人が定住しはじめて、まだ180年の歴史の浅い島。
だけど、たくさん興味深い話がたくさんある。

小笠原が自然遺産となったのはいいけど、観光に走るだけでなく、
島に住むなら、歴史や文化・自然をより深く理解する必要がある。
小さな島だから、とても大切だと思う。

今日のおまけ:島の歌をどうぞ。南洋踊りでも歌われます。
「ウラメ」
ウラメ ウ ウル リヒイ ウメ
エファン リーイトゴ オシマーアーア
ワーガンリ イヤ ウェアウェア ウィ
イリ エー エファン ガーウェニモ
※わかりませんよね。でも、よく歌いました。

2011年6月14日火曜日

イカ釣りにこだわってます(ただいま妄想中)

島の教員が長かったため、海が身近にいつもあります。
小さい頃、多摩川でクチボソ(オイカワ)やフナを釣り、四つ手網で鯉をとっていましたが、中学からは女の子への興味が勝り、釣りからは遠ざかっていました。

しかし、32歳。父島への家族での赴任から、釣りに目覚めました。
それも、小笠原での釣りは主に二つ。
ひとーつ。ルアー釣り(ターゲットは、ギンガメアジやアカハタ)
ふたーつ。アオリイカ釣り(エギング:疑似餌で釣る)
なぜ、えさを使わないかと釣りえさがべらぼうに値段が高い。
(撒き餌は、これまた赴任していた伊豆七島神津島から遠路仕入れていた模様)

1.5kgぐらいのアオリイカ
横筋模様があるからオス
3度目の赴任ではまったのは、カヤックフィッシング、無人島まで一人で漕いでアカハタを釣って帰る日々。
もっともっとこだわったのは「アオリイカ釣り」
島の大会で、メスの部優勝の栄誉に輝く。
こだわってはまったつかさんは、職場からバイクで自宅へ。
速攻で着替えて、磯足袋をはいて釣り浜へ。
投げては引き、投げてはしゃくる。
浜の底のサンゴの配置を考え
投げては引き、投げてはしゃくる。
アオリイカは、大きいと4キロ近くなるので、釣れるとダイナミック。
波の高い日は、海に引き込まれないように。
波の静かな時は、海面に映る月の光を楽しみながら。
釣り三昧の日々でした。

島を出るとき全部あげたのに、
こんなにある。
リールもイカ釣り用
家の冷凍庫は、アオリイカであふれ、
毎日イカの刺身とバター焼きは飽きるといわれる。
でも、ばんばん釣ってくる。
お裾分けすると、すご喜ばれるので、またばんばん釣ってくる。
1シーズンで180杯以上。(島の人はあまり信じてくれない)

ああ、今でも書いていて楽しくなるなあ。
大きなイカバケ(イカ用のルアー)を時間を見ては作っています。

さあ、磯にいくぞ!さあ、ひきよせだあ!
そんな、つかさんの日々です。

2011年6月7日火曜日

思い出した こだわってたもの

今月の19日。インスパイア「声の祭り」に参加することになりました。
もともとボイストレーニングのワークから生まれた会らしい。

「でます」と表明し、封印を解くことはいいこと。
でも、曲決めが難航。
「島人ぬ宝」いいけどなあ。沖縄生まれじゃないし。
などと屁理屈をこねる始末。

最終的には、プリンセスプリンセスの「M」。
全部聞いたことも、もちろん歌ったこともない曲。
出だしはよく聞いていたけど、いい曲です。
おっさんが、失恋の歌を歌うのはどうかと思う気がするけど、
決めたからには「やるしかないです」
(昔、「やるならやらねば」って言う番組があったなあ)

ということで、曲決めの途中からなぜか封印されていた「ギター」を出してきました。(「島人〜」を練習するため)
これが、弾けない。指のリハビリマシンと化している。
でも、12歳からいつも身近に置いてギターに「こだわって」いたのを思い出した。

兄が質流れで買ってきたクラシックギター。
初めてお茶の水の楽器店で買った『GRECO』のドレットノートギター。ヤマハと迷ってグレコを買う所が私のおもしろい所。(GRECOはエレキで有名)
そして、弾かなくなったのにGRECOがだめになったのがさびしくて、購入した
「K.YAIRI YW1000」
憧れのギターなのにすぐ封印。

久々に触って、そのなりの良さを感じると、懐かしく思います。
毎日触っていた楽器でした。
また封印しないようにしよう。(と心の中で思っています。どうなることやら。)

2011年5月27日金曜日

星典さんの思い出『小笠原は天国』

 今日は、またまた『こだわってます。小笠原』

小笠原母島にいた時(30年前)は、以前にも書いたように本当に都会とは違う生活。
本屋もレコード屋も喫茶店も洋服屋も薬局も、島なのに魚屋もない。
テレビもない、電話もない、ラジオもない。
でも、上下水道完備という本当に整備途中の島でした。

当時の母島は、今よりも森が濃く、父島とも違うどっしりとした密度の濃い森が印象的。
自宅→学校→スポーツ→タコノキ(居酒屋)→自宅の平日と違い。
休みには仲間の先生に誘われて山に入ることが多くありました。

印象深いのは、星典(ほし あつし)さん。
鍛えられた体は、島の将来の指導者として小さい頃から長たちから過酷な訓練を受けたから。
卓越した小笠原の植物の知識をもっているのは、戦前島の資源植物栽培基地化への調査で入来島した日本の代表的植物学者に森やそこに生える植物を案内し、ともに過ごしたから。

返還後オガサワラビロウ(シュロッパ)で自宅を造り(5万円で)、母島の復興に打ち込んだそんな星さんと、ときどき山に入っていた。石門周辺(今は保護地域)の固有植物を案内しながら教えてくれたり、みんなで絶滅に瀕したハハジマノボタンを守るため、乳房山山頂付近でタコヅル(これも固有種だけど)を伐採したりした。
山から戻ると、星さんの家の庭で植物の話を聞いていた。当時は、それほど熱心な小笠原っ子ではなかったので、記憶が薄れるのが早かったが、2度目の赴任だったら食いついていただろう話がたくさんあったと思う。

うちにある星典さんの本や、彼が製作した植物を使った花瓶をみると、当時が強く思い出される。今のリゾートは違う、濃密な本来の小笠原の空気感。
その原点ともいえる星典さんと一緒の時間を過ごしたことは、大きな財産として私の心の中心にある。幸せだったな。そう思える出会いだ。

星さんはよくこう言っていた。
「小笠原は神がくださった楽園よ、だからこの人生を最高に生きたいよなあ。」
小笠原への本当の愛を感じる。
星さんの生き方は、今でも「人生を最高に生きればいいんだよ」と心に響いてくる。

写真上:星さんの本。「小笠原は楽園。森と農地のボニノロジー」古い本だけど廃版になっていない。びっくり。
写真下:戦後見つかったいないトヨシマアザミを探していた星さん。これは疑わしい一本。(星さんの庭で)

2011年5月17日火曜日

どうして小笠原

今日、yokoさんと二人で愛犬ハルちゃんと超ショートコースお散歩。
そのとき
「モモちゃんからのジャガイモおいしいねえ」
などとふたりで話していました。
モモちゃんは、小笠原のお友達。
先日おいしいジャガイモとトマトを送ってくれたこと、
メールが来たこと。
いつも会話に出てくるのは、小笠原の知り合いや出来事が多い。

「うちらって知り合いは小笠原が多いんだねえ」
そんな話になる。
海の話、空の話、魚の話、風の話
そこに住む知り合いの話、お店の話、
なんでだろう。島を離れて7年になるのにね。
おがさわら丸の航海は好きじゃないのにね。

どうしてだろう。
その美しさだけでなく、人との繋がりが引きつけているのかもしれません。
美しい人間関係だけじゃなく、人間臭い狭い社会での人間関係も含めて。
濃密な人間くささの充満したその時間が、生きてるという証を心にたくさん刻み込んでいたように思います。
そのくせ、南国のリズムと能天気さも漂わせる島。
やはり特別な存在なのでしょう。
何か。とても。いつも。惹かれるんだよなあ。

写真は南島。貝は、半化石のヒラベソカタマイマイ。

2011年5月8日日曜日

小笠原が世界遺産になるかも。ふむふむ

今日ニュースを見たいたら、「小笠原諸島世界遺産に登録へ」というお話。単純に考えるといいんだろうけど、規制が厳しくなっていくのはなあという話を以前聞いたことがあります。

小笠原に行くと緑多い山々が続くけど、畑から復活した二次林もとても多い。だから、山を歩いているとどーんとガジュマルなんかが出てくる。ガジュマルは、家の庭にも植えられているので、森を歩いて少し開けてガジュマルがあると「ここに人が住んでいたんだなあ」なんて感慨にふけってしまいます。
小笠原の海もきれいだけど、宮之浜やコペペなんかは道路の舗装部分が浜近くまで延びてから、雨で赤い土(ラテライトと言われているが諸説ある)が珊瑚を覆い珊瑚が痛むこともたびたび。美しいコペペの珊瑚は、一時期無惨な状態になってしまっていました。今は回復したのでしょうかね。
なーんてネガティブ情報を書きましたが、やっぱり小笠原の山や海は美しいものです。初めて赴任した31年前とはやはり変化していますが、美しい島には変わりがありません。規制がかかって環境が守り改善されるならいいのかもしれませんね。

先日、家のサロンでスパム握りを出しました。小笠原は終戦後、アメリカの統治期間がありグアムから物資が輸送されていました。BITC(Bonin Island Trading Company:小笠原島商会)がいろんな取引をしていました。塚田が赴任したときには、生協に変わっていましたが店の中に『BITC』と書かれている折りたたみ椅子があったのを覚えています。
ですから、中に入るとBITCの名残か、スパムがどーんと並んでいたのを覚えています。だから小笠原にはスパムにぎりはなじみがあります。昼時、美津(島のミニコンビニ)の昼にはスパム握りが並びます。
八丈島から移り住んだ方も多いので、島ずしも定着している。ダンプレンというスイトン料理に似たものもある。小笠原は、自然だけじゃなく文化も特殊なんですよ。
こんなことを考えていたら、小笠原で学芸員なんてすてきだなあと思います。(資格ないけどね)

では、今日はこれまで。
そうそう、遺産に関して問題になったグリーンアノール(緑のトカゲ)は可愛いけど、今はばんばん駆除しようとしています。小笠原のセミは秋口にうるさく鳴いていたけど、島を離れた7年前はもうセミの鳴き声が以前ほどは聞けなくなってしまっていました。
アノールも人間が持ってきたのに、悪者だものねえ。
先日、スキャンした小笠原のセミの写真をどうぞ!

2011年5月3日火曜日

新たな内容でスタートします

ミニワンカサイト改訂のあおりで休止中のこのブログ。あらたに、ミニワンカサロン代表塚田隆弘(つかさん)のこだわりに関するブログとして再開します。
シーカヤック、小笠原、こけし、コーヒーなどこだわり分野の投稿をします。
本格始動はもう少し。待っていてね!

2011年4月8日金曜日

新しイブログに移りました

新しいブログにお引っ越し、連絡遅れてすみません。
まだ作成途中ですが、よろしくお願いします。
バックナンバーは引っ越せないので、こちらでどうぞ。

http://ameblo.jp/mniwanca/

2011年2月12日土曜日

バランスだね

先日から2月のインスパイアセミナーの構成を考えています。考えていると言っても、参考になるメモを読んで後は大枠を決めて、ひらめいたものをメモして行くようなのんびり作業。
学校の先生の時も、ひらめきを実際の授業案に持っていった方がみんな楽しくやってくれたしね。

さてさて、そんな時期に大野百合子さんのセッションを受けてきました。神様カードやゲーリーさんの学校の講師としても有名な方。統合セラピーのカエタノ先生と大の仲良し、そんなご縁で実際にお会いできセッションを受けられる。そして、このタイミングで。
良い組み合わせだなあ。
セッションは、自分を見つめるなかなかヘビーな退行でした。貴重な経験をして帰ってきました。本当に、大野さんのやさしさに包まれたセッションでした。当分セッションは受けないとのお話。本当に、滑り込んで予約がとれよかったよかった。

さてさて、その後。自分の中ではぐるぐる回っているエネルギーが少しずつ落ち着いてきたように感じています。そんなとき、セッションの後に「バランス」という話をしたのを思い出しました。ここ1年ぐらい考え続けた言葉です。

導入は、「バランス」をキーワードにしよう。
そう考えた瞬間、前半の流れが映像として出てきました。
後半部分。ポンって出てくるのはいつでしょうか。

2011年2月1日火曜日

美しい光を感じる

ここ数日、散歩の帰り道から美しい富士山が見える日が多い。
朝は、青空に明確な稜線の富士が小学校の木々の向こうに見えている。
少し歩いて行くと、府中崖線(がいせん)のはけ上に出て、多摩丘陵に可愛くそびえる朝の富士がより素敵に見えます。
夕方、暗くなる光の中。またまた、散歩。
崖線上の道を家に向かって歩くと、一件分の空き地があり、これが秘密のビュースポット。
秘密にしていたけど、先日おじさんが写真を撮っていた。
皆の秘密もビュースポットなんだろう。
今の季節、富士に夕日が落ちて行きます。時によっては、ダイヤモンド富士かな。
せわしく家路をたどる人たちみんなに、平等に美しく富士と夕焼けと山々の景色がプレゼントされている。
なんて素敵なんだろう。
そんなことを思いながら、愛犬ハルちゃんのウンチをエチケット袋で拾っている自分。
それも、自分ないとって素敵な瞬間。

どんな時でも、感じ取ること、感じることは大切です。

2011年1月20日木曜日

インスパイア実践会(セミナー)のおしらせ

今日は、お知らせです。
私(Takahiro)も参加している、インスパイア研究会の実践会(セミナー)が開かれます。
インスパイア研究会は、青葉航さんの呼びかけで始動した研究会です。青葉さんは、プロフェッショナル起業コーチとして活動されています。彼は運営するインスパイアーで、起業コーチの他に、ソース・NLPや起業セミナー(VOICEでも開催)などのワークショップを開いています。
青葉さんのサイト
http://homepage3.nifty.com/watarun/

実践会はセミナー形式で毎月開催される予定です。
1月は、この実践会の第1回目です。
日時 2011年1月25日 19:00〜(2時間半の予定)
場所 都内
講師 スピリチュアルスタイリスト 森川あや さん
▷私も打合会でお会いしましたが、とても素敵な方でセッションの評価も高い方です。
参加費 4,500円(事前の振込の場合 4,000円)

日頃接することのない分野の方々との研究会です。複数の視点を持つことの大切さを実感しています。

実践会の関する説明や実施に関する情報、お申し込みフォームの案内は、下記のインスパイアページに記載しています。
http://mniwanca.blogspot.com/p/blog-page.html

2011年1月18日火曜日

左手について

(先日、ビジョンボードのワークショップを開きました。
カナダから一時帰国のNaoさんと、yokoさんという仲良し仲間ワークショップ。お茶を飲みながら、二人はニコニコ、ちょきちょき、ペタペタとビジョンボードを作り上げていく。
二人とも芸術肌なので、作品はとても個性的で素敵なビジョンが伝わってきます。

私も12月に作ったけどもう1枚作ってみるか。
そう思い立ち始めてみる。でも。
作業が続かない。何枚か写真を貼った後に、左手を当てて手形を写していました。
当日はそこで放棄という状態。

忘れた頃に、「ビジョンボードはどうしましたか。手形を書いていたので気になります」というNaoさんからのメール。
改めて見て、完成させてみようと思ったら、写真を貼らずにまた手形を写したくなります。このビジョンボードに手形のセットは、初めて作り上げたビジョンボードからずっとある流れ。
なぜだろう、左手の形を写したくなる。ある時は、その指から線が放射線状に伸び、ある時は素敵な写真をつかむように配置される。今日は、沢山の手を重ねてられていく。面白い。

ビジョンボード以外でも、手と葉っぱをすぐ書きたくなる。これらは密接につながっているのかもしれません。これから、ゆっくり書かれた手の意味を楽しみながら探って行こうと思います。
さて、そんなことがあった後。アンドリュレイキの月例個展の店番中。ルチア・カパチオーネ(アートヒーリング)の原本を苦労しながら英語つまみ読みしていたら、表紙が気になる。見てみると、手形がいっぱいある。ルチアのワークの一つに利き手ではない手で絵を描き、潜在意識にアクセスするワークがあります。だからでしょうか。表紙の絵の手は、ほとんどが左手でした。
さて、何ヶ月後新しくビジョンボードを作った時は、何を貼って何を描きたくなるでしょうか。楽しみです。(takahiro)

2011年1月16日日曜日

苦手なこと

先日、自分の苦手なことがはっきりわかりました。
50半ばになってやっと気づいたのは遅いかもしれませんが。
苦手なことは、紙を使って包むこと。
昨日、アンディの作品を購入していただいた際、私がラッピング。
プチプチは袋状だから大丈夫。
ここで、紙袋に入れれば良いとyokoさんと話していたのに、「作品が透けて見えるのはなあ」と思って紙袋に入れる前にもう一枚包もうと、突然決心。
時間に追われていたのも重なって、包装紙のロールから必要分切るのもまっすぐに切れず、
包んでテープでとめるのもうまく行かない。やっとできたけど、自分の理想とは違う。どうしようと思ったけどカバーすることが優先で、「すみません。雑な包み方で」とお渡ししました。
翌日も、気になっていました。
そのとき、私は紙で包むということがすごく苦手なんだと明確にわかりました。ナイフを使って削ったり、粘土で作品を作るのは苦手じゃないのに、不思議なものです。

なぜ苦手なのか。
人差し指が幼い頃のけがで短い、でもその長さ自体が原因ではないようです。
ここからもっと探ってみると。その指の中にある幼い頃からの周囲の視線に対する思い、もっと深く見るとその時の痛みや周囲の家族の心配や怖れもまだ残っているように感じます。その指自体にも、その手自体にも、心の奥にも。
面白いもので、親指と中指でつまむのが一番苦手なようです。その仕草が、一番視線を受けていたのかもしれません。人とは違う人差し指には愛着を持っているのに、探ってみると隠れた何かがわかってきます。

お客様のところに旅立って行った「天使」も、「塚田君やっちまったなー」ってほほえんでいるように思います。次回は、もっときれいに包む方法を今日一日考えていました。
そう思う「苦手」の考察でした。
最後に、心の整理も含めて、お詫びのお手紙を出して一段落。

そう書いていると、yokoさんが「そんなにラッピング気にしていたんだ」とのたまう。
私は、「それは、現物をみていないからだよ」と回答。
それぐらい芸術的にひどかったんだなあ。

閑話休題
今日(16日)からアンドリュレイキの月例個展開催中。新しいチャクラエンジェルや透明アクリルフレームに入ったランゲージや4大天使など、10作品以上入れ替えています。
ゆっくりお茶を飲みにきてください。
開催日時 1月16日(日)〜19日(水) 午後2時〜6時
ミニワンカギャラリー(セッションルーム)
予約は不要です。いつでもどうぞ。
ラッピング、今日いい方法を夕方開発しましたので、大丈夫です。
▷ミニワンカのアンドリュ・レイキホームページのURLが変わりました。
アンディの作品がオンラインクレジット決済で購入できるようになりました。
http://mnwanca.juno.bindsite.jp

2011年1月12日水曜日

時の流れ

今日は、ときたま日記に書くような「近所話」をひとつ。
家の近くには、東宝のゴルフ場があり以前東宝日曜大工センターがありました。
元は、小学校5年のときにできた東宝ボーリング場。ボーリングブームのときだったと思います。
その後、ボーリング場そのものをホームセンターに。そして、全面的に新築した大工センターになって行きました。しかし、新築したあたりから活気がなくなり去年閉鎖。
その後には、くろがねやという長野のホームセンターが居抜き出店。
若干客足が戻ったように見えます。

さてさて、そんな歴史の話はさておき。このホームセンターの片隅に「ゴジラ」がいます。ホームセンターらしく、植木に金属枠らしき物をつけてはわせ、ゴジラを形作っています。イルミネーションもついているのですが、光は点いていません。
先日、近くを通ってフェンス越しにその勇姿を見たとき、シャッターを押していました。

土地には、思い出があります。小学校5年生の塚田少年が凧揚げをしていたところに、今寂しくゴジラが立っています。ゴジラは、悠然と目の前をせわしく行き交う車を眺めて、「おいそがしいですなあ」そんなことを思っているようにみえます。
忙しさに追われグランディングが抜けて行く自分を、見透かしているようなゴジラは寂しくもあり毅然としてもいます。また、様子を見に行こうと思っています。(たかひろ)

2011年1月8日土曜日

ビジョンボード

今年に入り新月の日に、私は初めてビジョンボードを作りました。
作っているときはとても楽しかったです。
ただ好きなもの、夢につながるものをみつけて切って貼って行くだけの作業ですが、なんだか子供のときにタイムスリップしたみたいに、夢中になりました。
切って貼る作業中は無になってワクワクしています。
ふとこんな作業をする時間は、大人になってなかなかもてていないなと思いました。
大人は持つべきだなと感じた一日でした。


ビジョンボードは見える所に貼っていつも見ています。
すると不思議に作業をしていたときのワクワクした感じがじわっときて、自然に笑みが出てきます。
携帯の待ち受け画面にも貼っています。見ると癒されますそしてなんだかやる気も出てきます。こんな小さなことでも幸せを感じることって良いですね。
小さな幸せを積み重ねて行くと、大きな幸せにつながっていくような気がします。
(yoko)

2011年1月5日水曜日

動き出すということ

昨年後半から、何やらもぞもぞ動き出しています。
それは
自分の心の中の動きでもあり、
自分を取り巻く周りの動きでもあります。

例えば、自分の中での本気の感情の点検が始まっていること。
例えば、自分のエネルギーを信じて動かすこと。
例えば、18年ぶりの素敵な教え子との再会と彼女につながる人々とのシンクロニシティ。
例えば、新たなグループ始動への誘い。

今年はどう変化して行くのでしょう。
そんなことを思いながら、年が明けてもさぼっていたブログをスタートさせました。
今年もよろしくお願いします。

そうそう、昨年から『ずっとやりたかったことをやりなさい(The Artist's Way)』のワークを続けている。自分一人で行えるワークで、どんな効果があるのか確かめたかったので続けています。なかなか、中身の濃いもので、第4週の課題の中で「文字に触れない(本・テレビ・ラジオなどを遮断する)」という課題がある。年末年始の忙しさでいつもより少ないけど、やはり仕事でのPC、ふっと目についた新聞記事、音に誘われて見てしまうテレビ、課題は達成できない日がほとんどです。なぜ、それを許してしまうのか。それを見つめるワークでもあります。できたできないではなく、その背景に自分の観念や基準があり、弱さも見え隠れしてきます。なかなか面白いワークでした。
全部で12週間。8週間あります。2月末には、どんな変化があるでしょうか。

今日、上で触れたカナダ在住の教え子がミニワンカにやってきて一緒にビジョンボードを作りました。ミニワンカyokoさんと私と彼女とで、楽しい時間を過ごしました。こんな時間は嬉しく、すてきだなあ。そんな風に、ミニワンカの二人は思いました。
ブリティッシュコロンビアかあ。ヴィクトリアかあ。
早速、ネットで調べ。ああいいなあ。そんなことを言っています。

自分の日常と違う刺激は楽しいものです。
さて、今年はどんな年になりますかな。楽しい1年のスタートでした。