2010年2月24日水曜日

芽吹きの時

セッションルームの入り口は、ウッドデッキ。
寒い日が続いたけど、今日は一段落。
ウッドデッキの前は、細長い庭がある。
キンモクセイ、ドウダンツツジ、ジューンベリー数は少ないが、生命の流れを感じさせる木々。

暖かい日差しを受けて、庭に降りてギボウシの枯れた葉を切り、かすみ草の弱ってかれた部分を切り取り、落ち葉を寄せる。
ただそれだけの、少しの作業で庭の雰囲気が整ってくる。
触れること、眺めること、思うこと。
人はさまざまなエネルギーの流れを作っていく。
それは、本当の日常の何気ない活動の中で。
触れること、眺めること、思うこと。
エンルギを受け、自然も豊かなエネルギーを発していく。

葉が落ちた枝のまだ固い芽。
こころなしか、今日の暖かさで少し膨らんだような気がする。

太陽のエネルギーを受け暖まった温室で、
寒さで痛んだビオラが復活し始めている。

少しの時間だが、自然のそして人間の素敵なエネルギーを感じた一日。
いいねえ。

2010年2月11日木曜日

自分への問いかけ

春が近づく2月頃から、気持ちが沈みやすいんだよね。
そんな話を、複数の人から聞いたことがある。
自分を振り返ってみても、そうだなあと思った記憶がある。

白梅や紅梅が咲く頃、花粉が飛び始める頃。
目の前に、生活の変化が多く控えている春があるからかもしれない。
人は、変化の予感がすると無意識のうちに怖れが出るのかもしれない。

そんな不調な時期。多くの人が、自分に多くの問いかけを始める。
どうして気分がふさぐのか。
どこから怖れが来ているのか。
自分はどうすればいいのか。
自分は何のために生きているのか。

問いかけは、人それぞれの深度と色合いを持っている。
問いかけへの答えを、求めながらも新たな問いかけを始めている。

自分を愛しているから、自問するんだ。そう思うこと。
自分は自分を愛したいんだ。
この不安定な問いかけを考えていると、そう思う。

あなたは、あなたを愛するために自問する。
そう思う。
今が転機と気づきのチャンスなのかもしれない。

▷閑話休題
先日、やっと「アバター」を鑑賞。評価が高い映画ということは納得。
この映画は、さまざまな捉え方がされる映画。
とてもスピリチュアルと感じる人が多いように思うが、のめり込めない何かを感じた。
もう一回観てもいいかなあ。そんな風に感じてはいる。でも、なんだかなあ。
不思議だ。
でも、この映画は本当に久しぶりに家族3人で鑑賞。
「ドラえもん」以来。
まあ、この方が私にとっては素敵だったかなあ。
でも、「アバター」ありがとう!

▷閑話休題2
そうそう、ミニワンカホームページに「コスプレの店」のキーワード検索でいらっしゃる方が複数います。これは、私にとっての不思議事項。同じようにヤフーで「コスプレの店」と検索に入れても、ミニワンカは出てこないし、ミニワンカのページ内に「コスプレの店」もない。来てくださった方は、ちゃんといくつかのページを見ていってくださっている。とてもありがたい。でも、わたしにとって不思議事項。



2010年2月2日火曜日

一滴の油

海が大きく荒れているとき、一滴の油をたらすと2メートル四方が凪ぐ。
昔の船乗りたちは、大嵐のなか船から油をたらし荒波を切り抜けていた。
そんな話を聞いたことがある。

三角波が立つ荒波の海に強い雨が降ると、最悪のようにも思うが、
逆に波が落ち着くんだと、自然は良くできている。
父島の海の男ネケさんに聞いたことがある。

悪い状況の時でも、人間は自分の中に叡智ともいえる智恵を持っている。
工夫し対処する智恵。自然とともに生きる智恵。
悪い状況が重なっても、活路を見出すことができる。

日記に『無人島に生きる十六人』の話を書いたが、最悪の状況と思うのは自分の基準しかない。あきらめて、この悪い状況が勢いを増して続くと考えると、最悪より最悪な状況になっていく。
すべては自分の内なる基準がどうあるかだと思う。

海にカヤックで漕ぎ出したとき、これは最悪だという状況があった。
南島の西側でうねりと三角波に翻弄された時。
洞窟を漕ぎ抜けるとき、波にあおられ鋭い岩ガキの上にカヤックごと乗り上げ放り出された時。
無人島の西島に出かけたとき、天候が急変し激しい落雷
が近づいた時。
こんな時、さまざまな力が動き出す。
智恵が蓄積され、基準が変わっていく。

最悪の中には、自分へのヒントが含まれている。
最悪は、最悪ではない。そんな気がする。

思考だけでなく、その最悪に一歩真剣に踏み込む。
隠れた活路が見えてくる。そんな気がする。


写真:どこかに載せたかもしれないけど、カヤックから釣った大物。
荒れた海でザトウクジラを間近で見たり、アドベンチャーは楽しい。