2009年7月26日日曜日

コーヒーを煎った


今日は、堀口コーヒーのロースター(豆を釜で煎る)コースを受けてきた。
最初に、なま豆の中から不良の豆をはじきましょうという実習。
何種類もあるはじく種類に戸惑いながら、はじいていた。
ここで、心の中で「本当にこの豆でいいんだろうか」という思いがわいてきた。
堀口さんがチェックに入ると、小学生のようにあっているんだろうかと心配になる。
自分で自分を笑ってしまった。

理解の不十分なものには不安を感じ、不安をごまかすために多く動きすぎてしまう。
事実、私は「これもかなあ」という豆もいっぱいはじいていた。

途中から、さっさとチェックしてもらった方が理解が深まる、結果はどうでもまずチェックしてもらおうという気になった。すると、緊張感がすっと抜けていった。
自分の不安はいつも自分が作り出している。
またまた、基本中の基本を再確認したコーヒー講習会。

でも、コーヒーを焙煎するのはおもしろい。
ほんの2、3秒で大きく味が変わってくるなんて知らなかった。
持って帰った私の豆は、思ったより苦いコーヒー。
この1回の講習で感じたのは「奥の深さ」ということ。
私たちの仕事にも通じる「奥の深さ」だと感じました。
「奥が深い」から、やりがいがある。そうも感じました。

写真は、フーリンハイビスカス。風情があります。





2009年7月24日金曜日

竹林カフェにて



今日、五日市の友達に会いました。
待ち合わせ場所は、おなじみの「竹林カフェ」。
yokoさんとインドの野蚕の絹糸で編んだ布を使った服や小物を見て、
友人の来るのを待っていました。
普通のシルクと違って、野趣あふれる手触りは懐かしさを感じます。
あいにくの雨でしたが、雨の音と澄んだ竹林の空気は素敵なものです。

今日、一番心の中に残っているのは、
お店から駐車場に向かう道です。
葉が積もり重なって、雨を含み、心地よい柔らかさでした。
ほんの10秒もないその道のり。
サンダルを通し足の裏に感じるその柔らかさは、
今日のベストワンでした。

さまざまな感覚の大好きな瞬間。
みんなは、どんなものでしょうか。

写真:おがさわら丸での離島。特別な瞬間です。

2009年7月21日火曜日

自信



先日、渋谷からの帰り道。
自信という言葉が浮かんできた。
この自信と言う言葉にどれぐらい揺れ動いてきたんだろう。
そんなことを、渋谷独特の喧噪と光と臭気の中で考えていた。
今の自分は、仕事を辞めた時の自分と大きく変わっている。

何が違うんだろう。

今の自分は、自分自身が基準になってきたように思う。
以前は、「俺は俺」と片意地を張っていたけど、
やはり自分以外の人々が基準だったように思う。
さらに自分の中をながめていると、
自信という言葉があまり重くないように感じてきた。

自分の心の中で、その変化に少し驚いている。
シャツを一枚を脱いだ感じがする。

「自信をつけなければいけない」という言葉の呪縛にしばられ、
自信とともに自分らしさも失っていることが多い。

「しなければ」と言う思いに縛られている時、
求めるものは遠のくように思う。

おもしろい渋谷からの帰宅だった。

写真は、珍しいプルメリア。






2009年7月19日日曜日

伝説

先日テレビを見ていたら、インドシナメルグイ諸島のモーケン族の伝説の話がでていました。

なぜか、ここで『伝説』という言葉が印象に残りました。
『伝説』『伝説』と考えていると、『叡智』という言葉が浮かんできました。
モーケン族は文字を持ちません。口伝えで、伝説を伝えていきます。
文字を持った民族は、原初の叡智から離れていったように思います。

とてもシンプルで奥深い伝説は、いいなあ。
アイヌ民族も文字を持たず、限られた人々が民族の叡智を口伝していった。

純粋な思いや真理がその民族に脈々と流れていくのは、とても素敵なものです。
伝説を語る青年の生活や海に潜る姿を見て、人間本来の姿を見た気がします。

大自然に根ざした民族。いいなあ。

2009年7月14日火曜日

ときたま日記 もう少し待ってね



島から帰ってホームページを改訂しているので、ときたま日記を更新していません。
日記も楽しく読んでいますと言われ、本当に嬉しく感謝しているのにもう1ヶ月も間が空きました。

それだけ、この春から特にこの1ヶ月はミニワンカの二人にとって激動の日々だということがわかります。
yokoさんがインターンを開始し、5月からtakahiroがインターンに参加し始め、yokoさんが鼻骨骨折、小笠原への二人遠征、多くの人との再会。八ヶ岳星の花の魔女様たちを訪問。
変化は、セッションルームを始めた頃より大きい。
二人にとっての重要な転機。そう思わせる日々でした。
変化は意識を高めていきます。楽しい自由な発想をもたらします。

ときたま日記 もう少し待ってくださいね。

そうそう、来週の22日。皆既日食ですね。昔は、下敷きやガラスにろうそくのススをつけて見ていました。絶対やらないでと今日ラジオで言っていました。昔は平気でみんなやっていたのになあ。でも、下敷きを通してみた日食は今でも覚えています。
太陽が欠けていくこと、昼間の世界が急に暗黒になること。
大いなる宇宙を感じます。
今回は、木々からの木漏れ日のなかに欠けた太陽の姿を探そうと思っています。

大いなる自然ということで、大きなタマナの木をどうぞ。私が映っています。

2009年7月12日日曜日

策を練る?



ブログを書いていて、文章がすぐに出てこないことがある。
今日もそうだった。
すると、あの時の文章は良かったよって言われた文章から発想して書こうとする。
以前のその文章は、本当に自然に湧き出てきたものなのに。

策を練る という言葉が出てきた。
ここの私の発想は 策を練るというより姑息な手段かもしれません。
こんなことを考えていたら、潮流のことを思い出した。

小笠原の父島の北側には兄島があります。
二つの島の間には、瀬戸があり干満によって早い潮流が生じ川のように流れます。
カヤックでも巻き込まれますが、浜で泳いでいる人も流されてなくなることがあります。
力つきる人は、流れに逆らってもとに戻ろうとする。
海を知っている人は、流れに逆らわず浮いて体力を温存する。

瀬戸の潮流はすべてが速いのではなく、主潮流の脇には元の方向に戻してくれる反流があったり、静かなよどみの場所があったりします。怖れにとらわれていると、反流もよどみも見えてこない。

海が怖いときは、スキューバで海の底を見ると怖れが軽くなるという話も聞きます。
いろいろ考えさせられます。

写真は美しい兄島瀬戸。手前が父島、奥が兄島。
満ち潮のときは、左から右へ潮流が流れ、瀬戸を抜けたところで緩くなります。
きれいなんだけどなあ。



2009年7月9日木曜日

光と影


明るい陽光に照らされると、美しい影ができる。
光と影の
明確なコントラストと揺らめきが南国の美しさ。

今回の小笠原では、二人で歩くことが多かった。
日差しが日焼けで赤くなった腕を焦がしていく。
二人で、ゆっくりコペペから小港への山道を歩いていくと、
自然の中に包まれていく感覚。
その中で、二人のそれぞれの存在は明確になっていく。

自然豊かな小笠原が良くて、都会の東京が悪いというのではない。
東京に帰って感じるのは、しっかり自分を見つめないと
埋もれていってしまう感覚。
その感覚の中で、存在が希薄になっていく。

みんな日常生活の中で精一杯生きている。
でも、追われてはいないか。埋もれてはいないか。
自分は、山道に映し出された光のように輝いているのか。
木々の葉の影のように一枚一枚しっかりした輪郭を持っているのか。

この東京のなかでも、美しい光と影を自分の中に持ち続けたい。
(今日は、硬い文章だったなあ。)
写真は、コペペ海岸。



2009年7月7日火曜日

小笠原の力


今日、島から送った荷物が届きました。
頂いたもの、購入したものさまざまだが、みんな小笠原らしいもの。
青いガラスの浮き、レモングラス、タマナのカカとコースター、タコノキで編んだアオウミガメやリース・箱、サイザル麻の小物、吹きガラスの小物、島の友人が作ったCD、ザトウクジラの手漉きハガキ、小笠原の海水塩、パッションに青パパイヤ。たくさんの人とのつながりであつまったものばかり。
すべてのものに、陸続きになったことのないボニンアイランド小笠原のエネルギーを感じます。
自然の力、昔ながらの手法で自然を生かす人の力、人と人がつながる力。
さまざまな力を感じ取った日々でした。
今回の小笠原旅行は、今後のミニワンカが大切にしていくものを考えさせられました。
魅力を改めて感じた小笠原を、時々紹介していきますね。
島の人の手作り作品を、セッションルームに少しずつ置いていく予定です。

また、ホームページ改訂用の写真をたくさん撮ってきました。
明日から改訂作業を始めます。お楽しみに。

2009年7月1日水曜日

一体化

今日の午後は、ラオの典さんゆき乃さんとカヤックで誰も来ないビーチに。
お茶を飲み、海に浮かび、瞑想をして、砂浜に子供のように寝る。だんだんとニュートラルな自分に戻っていく午後の五時間でした。
帰りに海の上から、夕日が水平線に沈んでいくのを眺めました。海に沈む瞬間のグリーンフラッシュも見え素敵な瞬間でした。
大きな自然のエネルギーに溶け込む重要性を感じました。
写真は、今日の夕日。