昨日、スーザン・ボイルのCDが届いた。スーザン・ボイルと言ったら、TVのオーディション番組で話題になりYouTubeで動画ダウンロードがすごかったあの女性。
普通だったら、話題先行の時は手を出さないのだけれど、今回はなぜかミニワンカ二人の意見があって注文をしました。
この流れは、エネルギーがリズムよく流れているときの感覚に近いように思います。
早速、用事があったのでセッションルームに降りて、そこで聴くことにしました。
一曲目はオーディションで歌った「夢やぶれて」ではなく、
ミック・ジャガーの「ワイルド・ホース」。
オーディションとは違い、滑らかでつややかな歌声が流れ出しました。
心の奥をそっとつつかれたような、久しぶりの感覚。
「プラウド」になった時、解説のスザーンの言葉を読んだとき、
自然に涙がわきでてきました。何の意識もなく、何の意図もなく。
そこには、「父と息子の葛藤を描いた曲。若者たちのほとんどは直面する悩みです。私の悩みは自分探しー言うなれば自分自身との葛藤です。」(スーザン・ボイル解説より)とありました。
人は、さまざまな葛藤を抱えて自分の今の人生を生きています。
その葛藤の中にいるという現実。それが、生きているということかもしれません。
そして、その中から一筋の輝く光を探し求めている。
そんな思いも出てくる。
今回の話題は、スーザンの歌と彼女のキャラクターがセットとなり、キャラクターに対するある種低俗な意識が裏打ちされていたように思います。その意識は、スーザンの人生にずっとつきまとっていたようです。
慈愛と謙虚さを常に持つとともに強い怒りも感じている人生です。
まさに葛藤に人生です。
多くのことを感じさせてくれた時間でした。
この濃厚な人生を人々に見せるために、スーザンは今あるのかもしれません。
不思議だなあ。いつもは、この手の話題で文章書くことないんだけどなあ。
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