2009年8月13日木曜日

純粋に思うということ


23歳のとき。先生として、小笠原の母島という島に赴任しました。
東京から父島まで30時間、父島から母島まで3時間。
初めての東京最南端の学校での、教師生活第一日目です。

生徒は4人。先生は6人。
テレビも電話も、ましてや本屋も何もない島でしたが、
この島にいた2年間が、強烈な思いとして体や心に影響を与えています。

その中で、役場のAさんとの会話を鮮明に思い出します。
鮮明にといっても、母島の明るい光の中での彼の優しい笑顔がほんのり浮かんでくるだけだけれども、そのとき話した彼の話はもっと鮮明に残っています。

彼は
母島の木々がそれぞれかけがえのない命を持っていて、この母島の大地の中で互いに根を手のようにつないでいる。そう思うんだ。
そう言うのです。

そのとき、脳裏に木々が手をつないでいるイメージが鮮明に浮かびました。彼の純粋な素直な感性と思いが、伝わってきます。
この話を聞いて子供っぽいという大人もいるでしょうが。
純粋な思いの発露には、純粋な反応がわき上がってきます。

純粋に思うことは、とてもパワフルなことです。

母島時代は、そこの抜けたジープに乗ったり(石が車内に入ってくる)
ネズミの走る音がする宿舎に住んだりと、濃い時間でした。
HPのときたま日記の方に、これから少しずつ書きます。






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