今日、府中に行ってきた。
お隣の町だが、宿場町で大国魂神社があり調布とは少し雰囲気が違う。
時間があったので、大国魂神社へ行った。
参道には、ケヤキの大木からこぼれる光が射し、さわやかな空気に包まれていた。
大国魂神社は、友人を案内して訪れることがあるが、みんな「いいね。ここ。」という。
参道のケヤキ並木は1キロ近く続いている。
大きなケヤキを眺めながら、歩くのもとてもきもちいい。
歩いていると、デパートの前からアンデスの音楽が聞こえる。
いってみると、カルパァンディナというペルーの二人組。
以前、調布の駅前広場でみて気になっていた二人組。
今日は、2曲しっかり聞いて、CDを購入。予定になかった流れはおもしろい。
彼らの音色は、味があります。
日本の演奏家でも上手にアンデスの音楽を奏でるが、伝統の中で生まれ育った良さがある。
まねができない部分がある。
遠く地球の反対側にきて、自分の音楽を奏でる。
とても素敵なことだなあと思う。
また巡り会ったら、こんどはもう少しじっくり聞こう。
とても素敵な時間でした。
写真は、大国魂神社。携帯画像です。もっときれいですよ。
昔から持っていて、処分できないでいる本をもう一度読み始めました。
『マンガ禅の思想』
いつから持っているのかも、忘れてしまっています。
その中に、こんな話がありました。
海の小さな波が大きな波をみて、形見が狭い。
小さくても大きな波になるのもあるのに、
いつまでたっても・・と嘆いている。
大きな波が話します。
君は自分の本来の姿を見ていない。
君は波ではなく、波は仮の姿で、本当は水なんだ。
自分の本体が水だと気づいたら、波の大きさや形を気にすることはなくなるんだ。
久々に読むと、ウムウムという感じです。
比較をして、何かにとらわれてしまう。
多くの悩みの根源の一つのように思います。
おもしろいなあ。いい気に読んでみます。
23歳のとき。先生として、小笠原の母島という島に赴任しました。
東京から父島まで30時間、父島から母島まで3時間。
初めての東京最南端の学校での、教師生活第一日目です。
生徒は4人。先生は6人。
テレビも電話も、ましてや本屋も何もない島でしたが、
この島にいた2年間が、強烈な思いとして体や心に影響を与えています。
その中で、役場のAさんとの会話を鮮明に思い出します。
鮮明にといっても、母島の明るい光の中での彼の優しい笑顔がほんのり浮かんでくるだけだけれども、そのとき話した彼の話はもっと鮮明に残っています。
彼は
母島の木々がそれぞれかけがえのない命を持っていて、この母島の大地の中で互いに根を手のようにつないでいる。そう思うんだ。
そう言うのです。
そのとき、脳裏に木々が手をつないでいるイメージが鮮明に浮かびました。彼の純粋な素直な感性と思いが、伝わってきます。
この話を聞いて子供っぽいという大人もいるでしょうが。
純粋な思いの発露には、純粋な反応がわき上がってきます。
純粋に思うことは、とてもパワフルなことです。
母島時代は、そこの抜けたジープに乗ったり(石が車内に入ってくる)
ネズミの走る音がする宿舎に住んだりと、濃い時間でした。
HPのときたま日記の方に、これから少しずつ書きます。
先日テレビを見ていたら、本を紹介して売っている本屋さんが出ていました。
自分なりの方針(個性)をしっかり持っていました。
店のあり方、これは自分自身のあり方に通じますが、すぐに完成されたものではないようです。
たどり着くまでに、多くの苦悩があったと話していました。
mniwanca二人組は、子供の頃から本が好きだという共通点があります。
この本屋さんの話には、とっても共感。
いいものを自分の目で、紹介していくべき本か確かめる。
古い本でも新しい本でも、良いものを自身をもって紹介していく。
その姿勢の中に、自分の基準(中心)がしっかりあることがわかります。
この姿勢は、私たちにも参考になるね とお茶を飲みながら話しました。
今度、おすすめ本の「びんぼう神様さま」を読んでみようと思います。
読んだら、感想をアップしますね。
写真:清々しい雲海とヒマラヤ山脈